- 旅
アルベロベッロには多数のトゥルッリが住居や店舗として現存し、市街を形成している。
アイア・ピッコラ地区とモンティ地区を併せて1500軒くらいのトゥルッロがある。
とんがり屋根がひしめき合う町の景観は、“小人が集まったような国” “おとぎの国のような世界” と形容されている。
トウルッロは漆喰塗りの円筒・長方形の建物の上に、灰色で円錐形のとんがり屋根をのせている。 “一つの部屋” の上に、“一つの屋根” がある。
旧市街にはトゥルッリの家々が密集し、坂道が迷路のように続く
この地方は石灰岩質の土地。この地の農民達は手に入りやすい石灰岩を利用して家を建てていた。
~おとぎの国~ ? ~小人の国~ ? ~妖精の国~ ? への入口・・・・・?
とんがり屋根の白い街並み ~アルベロベッロ~ を歩いてみた。一つの部屋の上に一つの屋根がのっているという。玄関がなく、道路から直接部屋に入ことになる。スペインの統治時代に、~税金逃れのために壊しやすい家を造ったのが始まり~ という話も聞いた。
この世界遺産の地にもいろんな歴史が隠されているのだろうな・・・・・
その 4 ~⑨ マテーラの洞窟住居~
世界遺産 ~マテーラの洞窟住居(サッシ)群~
石灰質凝灰岩の侵食により形成されたグラヴィナ渓谷には、サッシが何層にも重なってつくられている。(人口の増加に伴い、上に向かっての増築が繰り返される。その結果、居住区が段々状に追加されていって、下の階の屋根が上の階の通路となっている)
谷の岩場の斜面へばりつくように小さな洞窟住居が上下左右広範囲に並び、しかも完全な形で残っている。
今も残る 岩山に掘られた住居の入口(岩山の上の方にある丸い穴)
8~13世紀にかけて東方から逃れてきた修道僧が住み着き130以上もの洞窟住居を構えていたという。周囲からは旧石器時代の遺物も見つかっていて、かなり古くから人が住んでいたのではないかとも言われている。
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道路ができ、家としての形も整えられ、教会も築かれて人々が生活を営む街が形成される。
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19世紀、新しい生活を求め人々は丘の上の新市街に移住をはじめ、サッシは次第に廃墟へと。
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世界遺産へ
洞窟住居や石窟聖堂だけでなく、地下水路で各戸の貯水槽に上水を供給するシステムなどの文化的資産が見直されて世界文化遺産に登録される。
★★ 洞窟住居の中 ★★
洞窟博物館・・・・・洞窟住居の様子が展示されている
階段を下がると、倉庫や動物の部屋、更にワインの貯蔵部屋など・・、階下に部屋がある。
台所 家畜たちの居住部屋
更に下の階には ~ワインの貯蔵庫か?~
★★ 教 会 ★★
洞窟の教会 ~サンタ・マリア・デ・イドリス教会~
マテーラの中心部にある教会(写真右端)で、荒々しい岩山をくり抜いて教会が造られている。12世紀から17世紀頃までに描かれたフレスコ画が残っていると言うが、残念ながら中には入らなかった。
マテーラ大聖堂(右の高い塔がある教会)
バラ窓が特徴のプーリア・ロマネスク様式の教会。
大聖堂(上画像をトリミング)
バラに見える16の区切り(入口の上の丸い模様)は人生の輪廻の象徴と言われている。
玄関には「死と魂の償還」をモチーフにした骸骨(中央)とドクロ(左右)の彫像が彫られている。
上画像をトリミング ~骸骨とドクロ~
この教会は “地獄教会” とも呼ばれているらしいが、“地獄” とは、死後の世界を現しているとのこと。
洞窟住居群 この世界遺産は、素晴らしいという感動の前に、なぜか悲しい思いに駆られてしまった。立ち並ぶ建物のを見ていて、そして博物館で洞窟の内部を見ていて、そんな思いが湧いてきてたまらなかった。
今までの世界遺産と違って、地域全体から、そして建物から、悲しい歴史や苦しい思いが漂ってきているからなのだろうか。
洞窟住居タイプのレストランで昼食 ~前菜 オレッキエッテ~ をいただく
~~~ その4のおまけ 中庭 12月の花 ~~
今季初 ・・・・・ クリスマスローズ ~有茎種・原種系アーグチフォリウス~ 開花
ご訪問ありがとうございました。