世界遺産を歩く(4) "北スペイン~ポルトガル” [旅]
☆☆☆☆☆☆ 9.世界遺産 ~リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔~ ☆☆☆☆☆☆
ジェロニモス修道院
ポルトガルの首都リスボンのベレン地区にある “ジェロニモス修道院” と “ベレンの塔”。ポルトガルの大航海時代の栄華の記録をとどめる文化遺産として世界遺産に登録されている。
ジェロニモス修道院
この修道院は、バスコ・ダ・ガマよるインド航路開拓や、エンリケ航海王子の偉業を称えて、1502年マヌエル1世によって着工された。しかし最終的な完成には300年ほどかかっているという。
バスコ・ダ・ガマの棺
修道院の建築資金はバスコ・ダ・ガマが持ち帰った香辛料による莫大な利益によって賄われたと言われている。西門から入ってすぐの所に、ヴァスコ・ダ・ガマの棺が安置されている。
煌びやかな内装が修道院を飾る
大航海時代の富をつぎ込んだ修道院はマヌエル様式の最高傑作とも言われている。
内部のステンドグラス
ベレンの塔 (正式名:サン・ヴィセンテの塔)
バスコ・ダ・ガマ業績をたたえる目的で造られた灯台だが、テージョ川河口を見張る要塞としての機能も備えていた。当時のリスボンでは、英国やオランダの海賊に対する備えが必要だったという。この塔もマヌエル様式で建てられている。
****** 世界遺産には登録されていないが、ベレンの塔周辺の関連施設******
発見のモニュメント
大航海時代の記念碑で、52メートルの高さのコンクリート製のモニュメント。エンリケ王子を先頭に、同時代の探検家、芸術家・科学者・地図制作者・宣教師らの像が並ぶ。約30名のポルトガル人の像が東側と西側にある。
西側(写真左)・東側(同右)ともに、先頭にいるのは ~エンリケ航海王子~
両側とも先頭は“エンリケ航海王子”で船を持っている。大航海時代の先駆的指導者と言うことなのだろう。インド航路の発見者~バスコ・ダ・ガマ~は東側の二人目。
大航海時代の世界地図(部分)
地図には、ポルトガルが各都市を発見した年代が書かれている。喜望峰発見1488年は、バルトロメウ・ディアスの発見の時代で、バスコ・ダ・ガマのインド航路の開拓は翌年になる。
大航海時代の世界地図(部分)
日本には1541年と書かれている。どうやら種子島ではなく、ポルトガル船が備後に漂着した年らしい。
☆☆☆☆☆☆ 10.世界遺産 ~「シントラの文化的景観」~ ☆☆☆☆☆☆
世界遺産 ~シントラの文化的景観~
世界遺産 “シントラの文化的景観” には宮殿群や城跡を含むシントラの文化財が含まれている。シントラ宮殿やムーアの城壁など、・・・。
シントラ宮殿
シントラ宮殿は10世紀に造られている。現在は、15世紀から16世紀に生まれたゴシック様式、マヌエル様式、ムーア様式の混ざったものと言われている。宮殿の特徴は、真っ白の外壁と2本の大きな塔(右端にごく一部が見える)。
この塔は台所の換気塔。
宮殿入り口から外を眺める
白鳥の間
宮殿で最も大きい間で、晩餐会や舞踏会など大きな催しには必ず使われたという。今でも外国の要人が訪問の際など利用されている。天井に27羽の白鳥が全て異なる姿で描かれている。
天井にはポルトガル王室ファミリーの72種類の紋章が描かれ、壁のタイルはアズレージョで飾られている。この装飾タイル画には狩猟の様子が描かれている。
紋章の間は王宮内でも最も豪華な部屋と言われている。王宮の最上部にあたる部屋で、ドーム天井に施された黄金の装飾(一枚上の写真右)が豪華に見える。
カササギの間
可愛らしいカササギが天井に描かれている。キスシーンを目撃されたジョアン1世が、「浮気ではなく善意の接吻」と弁解するために、「おしゃべり」を意味するカササギと、「善意の接吻」の言い訳の言葉を天井一面に描かせたという。
ガレー船の間
大航海時代のガレー船を模した部屋。16~17世紀の頃に描かれたものらしく、大航海時代の頃の船の形や港の様子がよくわかる。
ガレー船の間の調度品
商船が手に入れてきたものだろうか?
壁にあるアズレージョの絵柄はぶどうの葉
カエサルのタペストリーの間
この部屋の名前は・・・・・タペストリーに由来??
アラブの間
アラブの間の ・・・・・“アズレージョ”
***** キリスト教の聖地やポルトガルの大航海時代の世界遺産など、スペイン北部とポルトガル北部~中部の都市を歩いてきた。“星降る野原”と言う意味のコンボステラは巡礼路の最終地、強大な国家の成立と遠隔地間交流が盛んになった大航海時代。その中のほんの一部を見てまわったに過ぎない。 最後は*****
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リスボンの夜 ~FADO ディナーショー~
旅の最後はディナショーで締めくくった。FADOはポルトガルに生まれた民族歌謡。暗く悲しいものだけでなく、町を賛美したり、街のうわさ話などを題材とした陽気なものも多いとされる。
「世界遺産を歩く」はこれで終わります。
宜しければ・・・ おまけ を続けてご覧下さい。
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世界遺産を歩く(3) "北スペイン~ポルトガル” [旅]
☆☆☆☆☆☆ 6.世界遺産 ~コインブラ大学-アルタとソフィア~ ☆☆☆☆☆☆
世界遺産 ~コインブラ大学~
13世紀に設立された世界最古の大学のひとつ。大学が街の中心となり、かつてはこのキャンバスに“黒いマント”を着た学生が行き交っていたことだろう。アルタ地区とソフィア地区には大学の歴史を刻んできた様々な建物が残っており、これらの建物群が標記名で世界遺産に登録されている。
大学構内への通用門 “鉄の門 ~別名 無情の門~ "
1630年代に建てられた“鉄の門”は、当時の医学、法学などの各学部を象徴する彫像で飾られていた。今でも2万人以上の学生がこの門をくぐっている(黒マントの学生はいないだろう!)。通用門が “無情” という意味は、なんかわかりそうな気がする。
ジョアニナ図書館 (1枚目写真の左端)
ジョアン5世の命令で1717年から1728年に建てられた図書館。“ポルトガル最高級の文化財”“豪華さでは、世界でも1~2を争う”とも言われているという。“美女と野獣”のモデルとなった図書館と言う。中に入られなくてとても残念だ。
創設者デニス1世の像 (1枚目写真の右端)
ポルトガル王ディニス1世がリスボンにコインブラ大学を作ったのが1290年。その後1308年にコインブラに移転するが、その後何回か戻ったり移ったりを繰り返した。1537年最終的にコインブラに移設されて現在に至っている。
サン・ミゲル礼拝堂 (1枚目の写真の中央部)
この教会には、17世紀のアズレージョや祭壇・オルガンに見られる装飾がとても綺麗とあった、ここも入ることができなかった。
大理石でできた ~ラテン回廊~ (1枚目の写真の時計塔より右側)
時計塔(鐘楼)の右に続く建物にアズレージョで飾られた回廊がある。かつては、この回廊を歩く者はラテン語だけを話すことが義務づけられていたという。
☆☆☆☆☆☆ 7.世界遺産 ~トマールのキリスト教修道院~ ☆☆☆☆☆☆
世界遺産 ~トマールのキリスト教修道院の円堂~
12世紀テンプル騎士団によって建設された修道院。後にヨーロッパ全体で騎士団の解散命令が出た後、ポルトガルに存在したテンプル騎士団はキリスト教騎士団と改編し、続けてこの修道院を本部とした。
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キリスト教修道院
修道院とはいえ城塞に囲まれている。12世紀の後半には、ポルトガルにおけるテンプル騎士団の本部の役割を果たしたという。1417年からキリスト騎士団の団長を務めたエンリケ航海王子は、ポルトガルを大航海時代に飛躍させた立役者と言われている。
エンリケ航海王子が増築した ~墓の回廊~
墓の回廊は、騎士団に所属する騎士と修道僧のために建設された墓所。
エンリケ航海王子が増築した ~沐浴の回廊~ 回廊から見上げる~鐘楼~
沐浴の回廊では、かつて修道僧がここで沐浴をしたことから名前がつけられた。
回廊を飾る16世紀のタイル画 ~アズレージョ~
修道院 の ~円堂~
円堂は外側から見ると16角形の構造で鐘楼をあわせて持つ。円堂の内部は8角形の構造で回廊へとつながるアーチと結ばれている。内部の豪華な装飾は大航海時代のポルトガル帝国の力の大きさを物語っている。
修道院の円堂を回廊から見る
修道院の ~マヌエル様式の大窓~
マヌエル建築様式は貝,珊瑚,海草や錨,鎖など海や船、航海などに関する装飾が特徴と言われている。
☆☆☆☆☆☆ 世界遺産をちょっと忘れて ☆☆☆☆☆☆
宜しかったら・・・・・続けてご覧下さい
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世界遺産を歩く(2) "北スペイン~ポルトガル” [旅]
☆☆☆☆☆☆ 4.世界遺産 ~ギマランイス歴史地区~ ☆☆☆☆☆☆
ポルトガル発祥の地(ポルトガル王国の発祥地) ~ギマランイス~
町の入り口の壁に書かれた ~Aqui Nasceu Portugal~(写真の中央やや右の文字)は "ポルトガルここに誕生す” と言う意味。
初代ポルトガル国王~アファンソ・エンリケス~
初代ポルトガル国王アファンソ・エンリケスの生誕の地 ~ギマランイス~ の旧市街は「ギマランイス歴史地区」として世界文化遺産に登録されている。
歴史地区にある ・・・・・ 建築物
サン・ミゲル教会
アフォンソ国王が洗礼を受けた教会。ギマランイス城の下にあるロマネスク様式の建物(20世紀に再建)。
ギマランイス城
アフォンソ・エンリケスはこの城で生まれた。天井はなく城壁のみとなっているが、塔の上からはギマランイス市街を一望できるという(残念ながら、ここは外観のみ)。
ブラサンガ侯爵館
15世紀の初め、ポルトガル王ジョアン1世の息子ドン・アフォンソが建てた宮殿で、現在は政府の公館として使われているという。
旧市街の中心 ~オリヴェイラ広場~
オリヴェイラ広場
“オリヴェイラ” とはオリーブの木という意味。
ノッサ・セニョーラ・ダ・オリベイラ教会(左:聖堂 右:教会の門)
教会の門(左)は戦勝記念に1342年に建てられたと言う。この門が完成したときに、教会にあったオリーブの木が突然葉をつけたと言う言い伝えがある。教会の名はそこからつけられたようだ。
旧市街にある建物もかなり古い時代のものらしい。
市街を歩くと、あちこちに巡礼路の印(ホタテ貝)が目につく。
☆☆☆☆☆☆ 5.世界遺産 ~ポルト歴史地区~ ☆☆☆☆☆☆
***ポルトガルのポルト(PORT)と言えば、ポートワインを思い浮かべる***
ポートワイン工場
ポートワイン工場を見学。もちろんポートワインの試飲つき。むか~し飲んだ“〇〇ポートワイン”とは、ひと味もふた味も違って、美味し~いものだった。試飲は、アルコール濃度19度という濃い “10年もの & 19年もの” だった。早速お土産に1本購入した。
***ポルトガル第二の都市ポルト。旧市街は「ポルト歴史地区」
として世界遺産にも登録され、美しい歴史的建造物が並ぶ***
ポルトは、ローマ時代に貿易が盛んな都市で「ポルトゥス・カレ(カレの港)」
と呼ばれた。この呼び方が、「ポルトガル」という国名の由来となったという。
ドン・ルイス1世橋と市街地
ポルト中心部と旧市街を結ぶ、ドウロ川に架かる二重構造の橋。橋はアーチを描く美しい姿が特徴で、エッフェル塔を設計したギュスターヴ・エッフェルの弟子が設計した。
橋の上層が鉄道、下層が自動車用道。どちらも歩行者が通ることができる。上からの眺め素晴らしい。
ドン・ルイス1世橋の上から市街地を見下ろす
ドン・ルイス1世橋(正面)の夜景
クレリゴス教会の鐘楼 ~クレリゴスの塔~
グレリゴス教会
1732年から18年の歳月をかけて建設されたバロック様式の教会。正面のは大理石でつくられていて、花輪模様や貝のモチーフがとても綺麗。右後ろの鐘楼「グレリゴスの塔」は高さが76mあり、市内の至る所を眺めることができる。
グレリゴスの塔からの眺め
塔からの眺め ~世界遺産の旧市街を一望にできる~
塔の上からはポルト市の街並みやドウロ川までも見渡すことができる。
カルモ教会
カルモ教会の側面 ~アズレージョ~
カルモ教会は1756 〜1768年に建てられ、1912年に追加された教会側面のアズレージョは、国内最大級という。とても見応えのある壁面だ。
サン・ベント駅のアズレージョ
ポルトの玄関口。世界で最も美しいと言われる駅のひとつと言われている。
駅構内のアズレージョ
一部を拡大 ・・・ “大航海時代の、エンリケ航海王子によるセウタ攻略の場面”
構内には2万枚ほどのアズレージョ(青い装飾タイル)でできた壁画があり、、ポルトガルの歴史を絵で見ることができる。ここも素晴らしい。
次回へ・・・・・・・・続きます。
ご訪問ありがとうございました。
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世界遺産を歩く(1) "北スペイン~ポルトガル” [旅]
世界遺産 ポルトガル ~コインブラ大学(右端:入場通用門)~
2月前半 北スペイン~ポルトガルの世界遺産を廻るツアーに参加。心配だった寒さもたいしたことがなく、予定通りのコースを順調に廻ることができた。ただ、初日が雨模様の天候だったため(今は雨期)綺麗な空の下での観光ができなかったのが残念だった。 |
コース
スペイン |
ー マドリッド ー サンティアゴ・デ・コンポステーラ(歓喜の丘、
大聖堂他)ー ヴィアナ・ド・カステロ(大聖堂他) ーポルト
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ポルトガル |
ー ギマランイス(ギマランイス城他) ー ポルト(歴史地区、
ポートワイン工場、ドン・ルイス1世橋、サン・ベント駅他)
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ー コインブラ(大学他)ー トマール(修道院他) ー ナザレシ
ティオ地区(ナザレの教会、シティオ地区展望台、夕陽) ー
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ー カルダス・ダ・ライーニャ(朝市他) ー オビドス(城塞他)
ー ロカ岬 ー リスボン
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ー リスボン市街(ジェロニモス修道院、ベレンの塔、発見のモニュ
メント、サン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台他) ー リベイラ
市場 ー シントラ宮殿 ー ファドディナーショー
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スペイン | ー マドリッド ー |
宜しかったら・・・・・続きをご覧下さい。
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世界遺産 見て歩き ~その4~ [旅]
世界遺産 見て歩き ~その3~ [旅]
南イタリアの世界遺産
その 3 ~⑤ カルタジローネ~
世界 遺産
=ヴァル・ディ・ノートの
後期バロック様式の街=
(ピアッツア・アルメリーナの南方約30km)
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その3 ~⑥ シラクーサ~
世界遺産 =シラクーサの街=
その3 ~⑦ ~自然遺産
エトナ山~
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その3 ~⑤ カルタジローネの世界遺産 =ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の街=
陶器の街カルタジローネ ~陶器で飾られた サンタ・マリア・デル・モンテの階段~
カルタジローネの街は1693年のシチリア地震でほぼ全壊し、その後にバロック様式で再建されている。市街は、ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の街として世界遺産に登録されている。
宜しかったら ・・・ 続きをご覧ください。
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世界遺産 見て歩き ~その2(後編)~ [旅]
南イタリアの世界遺産
その 2
~③ アグリジェントの遺跡地域~
世界遺産 =神殿の谷=
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その2
~④ ピアッツア
・アルメリーナ~
世界遺産 =カサーレの別荘跡=
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その2(前編)~③ アグリジェントの遺跡地域 =世界遺産=神殿の谷~の続きです。
その2 ~④ ピアッツア・アルメリーナの世界遺産 ~カサーレの別荘跡~
カサーレの別荘のモザイク画 ~イチジクと具象模様~
ピアッツァ・アルメリーナ旧市街から約5km離れたのところにある古代ローマの別荘で、ローマ時代に描かれたモザイク画が数多く残っている。別荘は3〜4世紀に、大土地所有貴族が建てた贅をつくした建物。この時代には、皇帝や富裕層が郊外に巨大な別荘を建てることが流行っていたという。
12世紀の洪水で土砂崩れが起こり、その後何世紀もの間土の中に埋もれていて忘れ去られてしまったと言う。19世紀になって数本の円柱が再発見されたのを契機に、1950年代~60年代に大規模な発掘作業が実施された。発掘・修復作業は今も続けられている。
幾何学模様モザイク 具象画のモザイク~アリオンの居間~
ほぼ全室の床を埋め尽くすモザイク画の質の高さと規模は古代ローマ時代最大とも言われている。3500㎡もある建物(63の部屋や廊下)の床に37色を使って描いている。微妙な濃淡の違いも、それに合う色石を用いてぼかし効果を表現している。圧倒的な富と権力があってこそできる「モザイクの饗宴」と感動している。
浴場の窯場
浴場は床暖房があって、高温浴室~ぬるま湯浴室~冷温浴室に別れている部屋に上の窯場で温められた蒸気が送り込まれている。この時代に“エステ感覚の浴場”ができていたのだろう。
浴場前室 ~5人の女性の姿~
各部屋にあるモザイク画はその部屋の用途に関連付けられて描かれていると言う。上の壁画はこの家の女主人(中央)と子ども(その両脇)と使用人(前と後ろの二人)が並んでいる更衣室と思われる。右端の使用人は化粧道具の入った篭(エステ用品かな?)、左端は衣装の入った箱を持って運んでいる。
マッサージ室
浴槽を出た後に通る部屋なのだろう。マッサージを受けている絵が床一面に描かれている。部屋の前面にネットが張られているので、その網目が写っている。右下にはオイルを入った缶を持った使用人。
冷水浴室 体育室
左:冷水浴室を入口から眺める。床には“ 海の精ネイレス” のモザイク画が描かれていて、奥には円い柱が残っている。
右:体育室。この運動場で汗をかいた後、すぐ隣にある浴場に入っていたのだろう。
中庭を囲む回廊
正面玄関を入ると、中庭とその周りを取り囲む回廊に出る。中庭には噴水があり、憩いの場となっていたのだろう。もちろん、回廊の床一面にモザイク画飾られている。モザイクの真ん中には様々な動物が描かれているところがある。世界中から集めてきたものの姿を捕らえたのだろうか。
床にモザイク画のある ~水洗トイレの間~
大きな狩りの廊下
正面玄関の反対にある回廊が “大きな狩りの廊下”。この廊下は、幅3m・長さ60mある広~い大廊下で、狩猟の場面が延々と描かれている。
大きな狩りの廊下のモザイク画 ~さいの捕獲シーン~
円形闘技場での猛獣狩りショウのために、猛獣を生け捕りにすれば高く売れるからだという。ライオンやトラのほか、空想上の動物であるグリフィンも描かれている。狩猟の場面はアフリカやインドとされている。
床一面に狩りの様子が描かれた部屋 ~狩猟の間~
上部や左端の方には狩り場や獲物を運ぶ様子が、中央部分には赤い天幕の下で捕らえた獲物を焼いている様子が、(ここには出ていないが)左下の方には網で鹿を捕らえている様子が描かれている。
ビキニ姿で運動 ~ビキニの女性の~
ビキニを着た若い女性たちが、5種競技に出るための練習をしている様子を描いたモザイク画。古代ローマでは下着姿(ビキニ姿)で運動を行うのが決まりだったとか。左上の女性はダンベルをふっている。王冠を被っている女性は何かの競技の優勝者なのだろうか。
キューピット達の釣の間
古代ローマの人にとって魚は貴重な食べ物だったという。そんな魚をキューピットがたくさん捕っている様子を描いている。真ん中にはおかしな魚もいる。
主人の寝室の間
周囲に幾何学模様と女性が、中央には愛の姿が描かれている。この部屋の絵はほぼ完璧に残されているという。
ツツジ科 ~イチゴノキ~
地中海やヨーロッパ原産の常緑樹で、ストロベリーツリーとも言われている。この時期に花(右上の白い鐘形の花)と果実(赤いまん丸の実)が同時に見られる。
~~~ その2のおまけ 中庭 12月の花(鉢花)~~~
アブチロン ~イエロー & さくら~
ご訪問ありがとうございました。
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世界遺産 見て歩き ~その2(前編) [旅]
世界遺産 見て歩き ~その1~ [旅]
南イタリアの世界遺産
その 1
~① ポンペイ~
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その1
~② パレルモ・モンレアーレ~
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その1 ~① ポンペイ遺跡~
世界遺産 火山で滅びた幻のローマ都市 ~ポンペイ遺跡~
イタリアのナポリ近郊にあった古代都市~ポンペイ~はローマの人たちの余暇の地として繁栄していた。79年のヴェスビオ山の大噴火によって、町全体が一瞬にして5mもの深さの火山灰の降灰や火砕流に呑み込まれてしまった。
長い間、古代の品が時々見つかり地下に都市が埋まっていることは知られていた。18世紀になって、当時の都市の全容を明らかにしようと断続的に発掘が行われてきた。現在も発掘・整理が行われている。
マリーナ門 (右端に入口2カ所 大きい方が人、小さい方が馬)
ポンペイ遺跡は、古代ローマの都市とそこの生活ぶりをほぼ完全な姿で今に伝える貴重な遺跡。
マリーナ門から始まるポンペイ遺跡の様子(ほんの一部ですが)
宜しかったら・・・・・続きをご覧ください。
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